猪木さん、円楽(楽太郎)さん安らかに……

 先日、昭和の平和な時代を代表する偉人達が相次いで逝かれた。

 

 お若い方はあまり知らないかもしれませんが、アントニオ猪木さんと三遊亭円楽さんです。

 

アントニオ猪木さんはプロレスリングでは知らない人はいないくらい有名ですよね~

 

かの”力道山”(知っていますか?)から直接スカウトを(羨ましい)受けて日本プロレスに入団。しかも”ジャイアント馬場”さんと同日にデビュー(知らなかった)を果たしました。自ら新日本プロレスを立ち上げ、外国人レスラーをまず育成し黄金時代を築かれました。異種格闘技はなんか記憶が少し残っています。

当時アナログ放送で電波状態があまりよろしくない地域に住んでいたので、あまり見れなかったです。ですが、その分記憶にはかなり深く印象に残りましたね。

 猪木さんが「卍固め」、「延髄蹴り」、「コブラツイスト」はあまりにも有名でモノマネしましたね。これが”漢の生き様よ”とでも言わんばかりのカッコよさ!見ていると血がたぎり、興奮しまくりでした。

 

 三遊亭円楽さん(私にすれば永遠に”楽太郎さんです)は日曜日に放送される「笑点」のレギュラーで悪ガキや腹黒キャラ、毒舌等といった悪態キャラや共演者であった”桂歌丸師の絡みやいじり”時には世の中の世相をズバッとぶった切る大喜利で黄金時代を築かれました。

日曜日の午後6時には、日本テレビの「笑点」を観たいがためにお茶の間に家族が集合する現象がありましたね~

 当時は円楽師匠は「三遊亭楽太郎」さんでしたから今でもその印象しかありません。今でも自分の中では「楽太郎さん」ですね。

あの頃は司会が先代の三遊亭円楽さんで、隣が4代目三遊亭小圓遊師匠、桂歌丸師匠、楽太郎さんに、林家木久扇さん(当時は木久蔵さん)林家こんぺい師匠の並びだった(?)と記憶してます。あ、わすれてた!座布団運びの山田孝雄さんもでしたね!

言わば黄金のメンバー、黄金の並びでしたよ!巷では歌丸師匠との掛け合いが一番だったようですが、私はあの師匠の”世相をずばっと風刺する大喜利”が子供心に凄く印象に残りましたし、凄さが伝わってきてました。いやはや逝かれてしまいました……

 

 

 お二人とも晩年は病に苦しまれました。両者の状況を報道で知るたびに悲しく空しくなっておりました。ただ、「俺たちもがんばって生きてるんだぜ 俺たちだって普通の人間なんだ へこたれるんじゃねえぜ」とおっしゃられていたのかなと受け取りました。

最後の最後まで”自分”を通して生きていられた姿にはただただ頭が下がります。

 

   どうか安らかにお眠りください……